社会保険庁の改革①
2005年1月22日に政府は、厚生労働省から分離して解体する方針を固めた。この時点においては社会保険庁は独立行政法人化、もしくは民営化のどちらかになるという議論が主だった。しかし、その後の議論は自民党内部、政府内部において社会保険という重要かつ複雑な課題を前にして迷走を続ける事となる。
2005年5月31日に社会保険庁のあり方に関する有識者会議は年金部門を「政府が関与する組織」として事実上の国家機関としての残留、健康保険部門を「新たなる公法人」として分離・再編成する方針を固め、現在の社会保険庁は2008年に解体するスケジュールが事実上、決定された。
その後、組織体系を巡る議論の結果、健康保険部門を都道府県単位で設置される公法人に業務移管を行ない、また年金部門を厚生労働省の外局としてではなく国家行政組織法に定める特別の機関として設置し、年金部門の新組織の名称を年金事業局とする案で政府、自民党、厚生労働省は合意した。しかし小泉純一郎総理大臣は組織に関しての変更案は了承するものの名称案は拒否、差し戻されたため、新組織の名称はねんきん事業機構とすることで決着した。
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